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FamilyMartってTommy heavenlyとちょっと文字の雰囲気が似てる気がするBlog

何気ない日常、音楽や映画や小説やテレビなどの感想。

入れ替わるのは映画「君の名は。」だけじゃなかった「イタい」と「笑い」が入れ替わるコント師 うしろシティ。「うしろシティ 星のギガボディ」を聴いた。

「先生、じゃあ今度はベルベット・アンダーグラウンド流して下さいよ」

中学生の頃、英語の授業の時に先生がビートルズの曲を流してくれる事があった。
ある日の授業中、いつものようにビートルズの曲を流し終えた先生へ向って俺が言った言葉がそれだった。
ベルベット・アンダーグラウンドなんて名前しか知らないくせに、背伸びしたかったのだろう。
先生は少し苦笑いしながら「CDはどこかな?」と言ってくれた。
俺はCDは持っていなかった、ベルベット・アンダーグラウンドは流れずに英語の授業は終わった。

こんな思春期特有の「イタい」や「ダサい」が持つ独特で歪な「笑い」をコントに落とし込んでるコンビがいた。

阿諏訪と金子の2人によるお笑い芸人「うしろシティ」である。

学生に扮した2人が次の文化祭でバンドをやろうと計画する。金子は「いいよ!」と軽く承諾するも阿諏訪が考えてるバンド名や曲名の独特な発想に顔色が変わるコントや、バンド系で言うと記憶喪失になった金子に同じバンドの阿諏訪が「何も覚えてないのか!?」とバンドの名前やコンセプトを説明するという金子の「世界観強ぇな!」のツッコミが炸裂するコントも忘れ難い。
かつての「キングオブコント」決勝でも披露された、いかにも上京しそうな阿諏訪を金子が「阿諏訪くんみたいな人、いっぱいいるけど大丈夫!?」と不安そうに引き止めるコント、上京に憧れすぎてこじらせてる阿諏訪の若者描写が巧みですごく面白かった。

うしろシティのコントのセンスがすごく好きだ。
多分俺がうしろシティにハマるキッカケとなったコントがネタ番組で披露していた「町で偶然ぶつかった二人が入れ替わる」というコントである。
ある種古典的な「ぶつかった二人が入れ替わる」というテーマもうしろシティの二人にかかればスタイリッシュに豹変する。
バイト先に急いでいた金子は入れ替わった阿諏訪にバイトへ行ってくれるように頼む「あそこのローソンなんで」「無理ですよ僕も今からあそこのセブンイレブンバイトが」と言って焦っていた二人は「大丈夫そうですね」と落ち着く。
入れ替わっても意外に大丈夫だというこのコントがとにかく面白かった。
その後のお互いの彼女のくだりやスマホを巡るやりとり、オチの切れ味も全部好きでこのコントをキッカケにうしろシティのコントにハマりDVD「町のコント屋さん」「アメリカンショートヘア」「うれしい人間」を観てさらにハマっていった。

コント師うしろシティがコントではなく素で喋る、この衝撃は大きい。
ラジオ「うしろシティオールナイトニッポンR」をドキドキワクワクしながら聴いた。
ラジオ中に海外のバンド「コールドプレイ」の曲を流した阿諏訪はコールドプレイを知らないと話す金子に「コールドプレイ知らないの!?」と驚きを隠せなかったあのやりとりが印象的だった。

TBSで放送されていたラジオ「デブッタンテうしろシティとハライチの二組によるラジオ番組である。
一時期この番組にどハマりした俺は過去放送を聴き漁っていた。
ある日遠出するために車で出かけた時があったのだがほぼずっと「デブッタンテ」の過去放送ばかり聴いて運転していたのが懐かしく思える。
特にうしろシティの阿諏訪のフリートークと流す曲のセンスが強烈に好きでそこに惹かれていった。

デブッタンテが終了し、新たなラジオ番組が始まった「うしろシティ 星のギガボディ」である。

初回放送は「タイトル 星のギガボディ うしろシティ 阿諏訪泰義 作」という阿諏訪の一言から始まった。
そして阿諏訪によるポエムの朗読から始まった。

「大地は雨を手に入れて海を作った
レンブラントは筆を手に入れて
カンバスを染めた
ボブディランはギターを手に入れて
音を紡いだ
岡本太郎は爆発して
ジョンレノンは平和をせがんだ
僕らは一体何を手に入れた?
何を手に入れる?
そんな過去と自分と未来を照らす
みんなの心 ギガボディ
人間誰しもが持つギガボディの部分
それは時代を越えて
流動的に繰り返されるエレメント
そんな当たり前の事を考えながら
町を背に僕は行く
さぁ みんな 始めよう
今日もこりずに
夜がやってきたようだ」

ひっくり返りそうになる程、衝撃的なオープニングだった。
「何やってんだよ」と驚く金子、その後もポエムについて話す阿諏訪にツッコミをいれていく金子の発言にニヤニヤしてしまった。

第二回放送のネタコーナーで出てきた「バルログ」という単語からストリートファイターの話へ。バルログを好きで使っていたという阿諏訪、阿諏訪が当時聴いていたストリートファイターのCDの話で盛り上がる。
こういう懐かしさのあるエピソードトークが俺は本当に好きだ。

大人気ゲーム「ストリートファイター」でリュウやケンという主役な人気キャラではなくバルログを愛用していた辺り、やはり阿諏訪のセンスに惹かれてしまう俺がいる。




今さらかもしれないけれど、やっぱり気になるから映画「君の名は。」を観てきた感想。

映画館を出た瞬間に、思わず着ていたロンTの袖を引っ張ってみた。
当たり前だけれど、自分の腕には何も書かれていない、誰とも入れ替わっていない。
夜空を見上げてみたが巨大な彗星は無かった。
映画を観た後の余韻が途切れないように、ポケットからウォークマンを取り出してRADWIMPSの「前前前世」を選曲し、再生する。聴きながら帰路へ。
もう10月8日、気が付けば夏は終わっている。

8月に公開された映画「君の名は。」は爆発的ヒットとなり、この夏を賑わせていた。朝のニュースの映画ランキングのコーナーでも1位になり、話題作になった。
映画が公開される結構前に、本屋へ行ったら店頭で映画の予告映像が流れていたのだが、もう予告を観た瞬間に「これは絶対俺が好きな映画だ」と確信した。

新海誠作品の熱烈なファン!というくらいでは無いが、それでも俺は新海誠の描くアニメーションが好きな方だと思っている。
何気なくテレビを観ていたら流れてきたCMの映像に心奪われ、ネットで調べてみたら新海誠によるCMだった事があるし、何年か前にTSUTAYAで久々に会った友達にオススメされて、唯一観た新海誠の「秒速5センチメートル」にはものすごく衝撃を受けた、思わず映画のテーマソングを歌う山崎まさよしのアルバムをTSUTAYAに借りに行くほどに。

今回の「君の名は。」の主題歌や映画の音楽はRADWIMPSが担当している。
RADWIMPSというバンドを知ったのは、昔偶然読んだ音楽雑誌だった。
記憶が正しければ「有心論」が発売される頃のもので、「有心論」を聴いた時には今まで自分が聴いた事のないような雰囲気と世界観の音楽に打ちのめされてしまったのを覚えている。
ちなみに俺がRADWIMPSで好きな曲は「有心論」「DADA」「揶揄」「へっくしゅん」「おしゃかしゃま」「ふたりごと」
でまだ聴いたことない曲も多くある。
今回映画「君の名は。」のテーマソングとしてRADWIMPSが世に解き放った新曲「前前前世」はとにかく最高だった。堰を切ったように感情があふれるあの疾走感と歌詞がとても印象的で今のところRADWIMPSで一番好きな曲かもしれない。
新海誠作品とRADWIMPSの音楽、この組み合わせが巻き起こすであろう物語の化学反応、映画を観る前から「絶対良いに決まってる」と思った。

映画「君の名は。」のあらすじをざっくりと説明すれば、田舎で暮らす女子高生「宮水三葉」と東京の都心で暮らす男子高校生「立花瀧」が夢の中で入れ替わってしまうという物である。
青春映画のある種クラシック中のクラシックである「男女が入れ替わってしまう」という内容だが、そこに「スマホ」というアイテムが加わってくるのが新鮮だった。
瀧と入れ替わった三葉は、憧れだった都会での生活を満喫する。
1日を終えて部屋に戻ると瀧がスマホで日記をつけている事を知り、楽しかった東京生活の1日を瀧の携帯に残す。
目が覚めた翌日、瀧がいつも通り学校へ行くと周囲の異変に違和感を感じ、明らかに自分じゃない誰かによって書かれたスマホの日記に驚く。それは入れ替わった三葉が夢の中で書いたはずの日記だった。
落語「芝浜」では現実で起きた出来事をそれは夢の中で起きた出来事なんだと言ってしまうシーンがあるが映画「君の名は。」の場合は逆である、夢の中で起きた出来事は全て現実で起きている。

瀧と三葉、お互いが入れ替わっているのは夢の中の出来事ではなくて現実世界で入れ替わっている事に気付いた2人、入れ替わった場合はどんな出来事があったのかを携帯に残す事を決め、時々起こる夢の中での入れ替わり生活を過ごしていく。
憧れの東京生活を楽しみながらもバイト入れ過ぎ!とグチる三葉、バスケの授業で活躍するなど今までにない三葉の面を周囲に見せ人気者になっていく瀧、このドタバタしつつもお互いの入れ替わり生活のシーンは観ていてすごく楽しかった。
しかしある日を境にして、瀧と三葉が入れ替わる事は無くなってしまった。
三葉と入れ替わる事が無くなった瀧は、入れ替わっていた時の記憶に残っていたであろう三葉が住む町の景色や情報を調べ、絵として残していく。そして入れ替わっていた三葉に会いに行く事を決意し三葉の住む町へ向かう、そしてここから物語は新たな展開へと動き出す。
正直、絶句した。
思わず「え、嘘でしょ?」と呟いてしまったくらいにあの展開には衝撃を受けた。楳図かずおの漫画『漂流教室』を読んだ時にも似たあの衝撃だった。
「このあとどうなっていくんだろう」と俄然、映画「君の名は。」の物語に俺はのめり込んでいった。

俺が大好きなラジオ「東京ポッド許可局」内でプチ鹿島が、アニメ作品にも造詣が深い、漫才師「米粒写経」のサンキュータツオから「秒速5センチメートル」をオススメされて作品を見る前に「蛍光灯のつきかただけでも見てくださいそこが全然違うんで」と言われたと話していた。新海誠のアニメーションの細やかな描写は本当に圧巻だった。三葉の住む町の景色や瀧が暮らす都会の風景、とにかく描かれているアニメーションその全てがハッとするくらいに美しかった。
美味しそうな目玉焼きとベーコン、炊き上がるお米、宮崎アニメばりにフード描写も巧みなのだが、やっぱり描かれる景色が好きだ。
自動販売機から出てくるBOSSレインボーマウンテンブレンドさえも新海誠の手にかかれば美しく鮮明だ。
「口噛み酒」という風習やしきたり、神社の夏祭りの描写なども三葉が暮らす「町」のディテールを色濃くより確かなものにしていく。
瀧が住む東京都心の街並みの美しさはもちろん、長澤まさみが声を演じる「奥寺先輩」の美しさが素晴らしい。
バイト先にいてほしい女性の先輩ランキング文句無しにNo.1だろう。
物語の重要なキーワードとなる「彗星」の描写も美しい。あと「彗星」を目撃して三葉や瀧が何か気付く時のあの音、あの音は心地良かった。

「夢の中で入れ替わる」という要素が出てきて思ったのだが、今まで自分が見てきた夢のほとんどが見たことない町が舞台だった。現実に見たことのある町や場所はほとんど出てきた記憶がない。例えば「学校」という場所が出てきても、そこにあるのは自分が通学していた学校では無く、全く行ったこともない知らない学校なのである。

もしかしたらあの町は日本のどこかに存在するのだろうかともちょっと思ってしまう。

映画「君の名は。」めちゃめちゃ面白くて個人的にはすごく大好きな作品です。






アルコ&ピースのANNが全然全部無くなってチリヂリになったってもう迷わない1から喋り始めるさむしろTBSからラジオを始めてみようか「アルコ&ピース D.C.GARAGE」の初回放送を聴いた。

あの頃俺は「アルコ&ピースのオールナイトニッポンゼロ」「アルコ&ピースのオールナイトニッポン」の過去放送を聴く事が生きがいだった。

アルコ&ピースというコンビは「レッドカーペット」や「レッドシアター」などのネタ番組で何度か見た事があった。
バイトの面接を行う若者と店長の立場が入れ替わる「逆面接」などコントの設定が面白くて好きだった。
テレビで見た事があるのはネタのみ、つまりコントの世界のアルコ&ピースしか知らなかった。
だが「アルコ&ピースのオールナイトニッポンゼロ」を聴いて驚愕する、コント以上に二人のラジオは面白かった。

ナインティナインのオールナイトニッ本」の付録CDを聴いて深夜ラジオの面白さに打ちのめされた俺は、気になった深夜ラジオの過去放送を聴き漁りまくった。
そこで出会ったのが「アルコ&ピースのオールナイトニッポンゼロ」「アルコ&ピースのオールナイトニッポン」なのである。

エリッククラプトンとローリングストーンズという大御所の海外ミュージシャンが来日中という事にちなみ、アルコ&ピースの二人がクラプトン派、ストーンズ派に分かれて対決するという回があった。両ミュージシャンに強い思い入れが無い二人だったので煮えきらない空気だったが、「クラプトン派」「ストーンズ派」のそれぞれのメールを読んでいき、負けた方は自分のミニ四駆のパーツを一つずつ没収されるというルールが追加されたことにより、ミニ四駆にハマりだしていたアルコ&ピースの二人は一気にヒートアップする、ミニ四駆のパーツをかけた勝負に一喜一憂する二人、とにかくこの放送がめちゃめちゃ面白くてこの回をキッカケに一気にアルコ&ピースのラジオにのめり込んだ。

それまでの印象はコントのキャラクターを演じる「アルコ&ピース」だったのだが、ラジオを聴いているとコントのキャラクターではなくコント師「アルコ&ピース」としての「平子」と「酒井」の人間味がわかってきてそれもまた面白かった。平子のフラッシュモブについてのエピソードトークはめちゃめちゃ面白かったし、平子に対して冷静にツッコミを入れる酒井も面白かった。

2014年のとある放送日が「世界海賊口調日」という事で「退屈な日常から抜け出したい奴らが自由を求めて番組という名の船に乗り、放送という名の大海原を電波に揺られて旅をする」と海賊とラジオも一緒だと吠える平子、オープニングから神回の予感が漂うこの回は「全国にいるすごいラジオDJ」をリスナーから募集。インパクトのあるラジオDJの紹介が相次ぎ震え上がる二人のテンションに笑いを堪えきれなかった。

クリスマスが近づいてきている12月、スペシャルウィークも終わり、今回はゆるやかなラジオにしようと「最高のクリスマスプレゼント」と題してラジオを始めようとする平子、だが一筋縄ではいかないのがアルコ&ピースのラジオなのである。

平子の息子「イチルくん」がスタジオにいない!と気付いた酒井は「いつもスタジオに連れてきてるみたいになるから」と言う平子の言葉に耳を貸さずどんどん間違った推理を進めていき「イチルくんが家にひとりぼっちじゃないか!」と叫ぶ、流れるBGM「あ!ホームアローンだ!何だ今日ホームアローンやんのか!?」と平子が言う、またも神回の予感である。映画「ホームアローン」にちなみ「ひとりぼっちで家にいるイチル君に空き巣に入られないためのアイディア」をリスナーから募集、映画「ホームアローン」にちなんだアドバイスもあるがとんでもない発想のアドバイスもあり、とにかくこの放送も笑いを堪えきれなかった。「BOSEのスピーカーでRIZEの曲を流して聴いてる」というネタが一番面白かった。

ホームアローンRIZEミニ四駆と出てくるワードが絶妙にツボをついてくるのもアルコ&ピースのラジオの魅力の一つだと思う。

ラジオという密室で二人の声だけで作り上げられていくラジオはリスナーの想像力を駆り立てる。
アルコ&ピースのラジオももちろんそう、海賊、ホームアローンなどのテーマにちなんだメールにより「ラジオコント」は白熱していく。
「劇場型ラジオ」とも評されるこの世界観が魅力的である。

劇場型、或いは「アルコ&ピースのオールナイトニッポンゼロ」から「アルコ&ピースのオールナイトニッポン」へ昇格しその後まさかの「アルコ&ピースのオールナイトニッポンゼロ」へ戻るという激動型のラジオだったこの番組、永遠に続くかと思ったこのラジオも最終回を迎えた。
ラジオが終わる事を知った瞬間、思わず俺は「嘘だろ」と呟いてしまった。しかし嘘では無かった。
アルコ&ピースのオールナイトニッポンゼロは終わった。

2016年秋、最終回から時は経ち、TBSラジオにてアルコ&ピースのラジオが始まる事を知った瞬間に、俺は思わず「嘘だろ」と呟いてしまった。しかし嘘では無かった。

「アルコ&ピース D.C.GARAGE」が始まったのだ。ワクワクしながら初回放送を聴いた。
2012年の「THE MANZAI」で披露した代表ネタ「忍者」を彷彿とさせるようなオープニングでのやり取りにニヤニヤしてしつつ、番組の最後までアルコ&ピースのラジオが始まった嬉しさを噛みしめながら聴いていた。番組名にある「D.C.GARAGE」の「D.C」についての説明のヤバさは相変わらず面白いし、コーナーについての説明の時にRADWIMPSの「前前前世」が流れてきた時はめちゃめちゃ笑ってしまった。大好きな曲なのだけれど。








真夏に放たれた「芸人キャノンボール2016 in summer」という豪速球

「あの年の夏はみんなポケモンGOばかりやっていたよな」

この先何年か後の夏、今日みたいに暑い八月、きっと誰かがそんな事を言うと思う。
そしたら俺はこう言いたい「あの夏って、芸人キャノンボール2016があった年だよね」と。

まだまだ茹だる炎天下の夏の夜、その番組は突如として出現した。
「芸人キャノンボール2016 in summer」
番組のタイトルだけでは、どんな内容かはわからない視聴者がほとんどだろう。
出演者を見ればロンドンブーツ1号2号おぎやはぎ有吉弘行etc、番組内容はわからないけれど、一筋縄ではいかないようなそんな雰囲気がメンバーからは漂う。

カンパニー松尾監督によるAV作品「テレクラキャノンボール2013」
600分あるこの作品が120分弱に編集され「劇場版テレクラキャノンボール2013」として映画館で公開された。
口コミで噂は広まり、異例の大ヒット。爆発的なブームを巻き起こした「テレキャノ」はその後、「劇場版BiSキャノンボール」として再び銀幕へと蘇った。
BiSというアイドルの解散ドキュメンタリーをAV監督たちが撮影するという衝撃的なその内容はさらなる話題を呼んだ。

そしてついに2016年の元旦に「芸人キャノンボール」がテレビで公開された。
「テレキャノ」の「AV監督が各エリアで一般女性をナンパしながら車やバイクでゴール地点を目指してレースする」ルールを「芸人が各エリア毎に出されたお題に合った(にらめっこが強い人 など)人をスカウトして対決、車でゴール地点を目指してレースする」として落とし込んだこの番組。
「テレクラキャノンボール」の本来の持ち味である「ドキュメンタリーとしての面白さ」を抽出した「芸人キャノンボール」俺はオープニングしか観る事が出来なかったのだが、番組冒頭から意気揚々と喋る出川哲朗の胸元にキックを喰らわす有吉弘行の映像を観る事が出来ただけで俺は大満足だった、幸せな元旦。

ちなみに「テレクラキャノンボール」「BiSキャノンボール」も映画館でこそ観れなかったものの、DVDで観ている。
「ドキュメンタリー」としてそこに描かれているリアルと本音に打ちのめされた、ビーバップみのるさんの軽妙洒脱な語り口はモノマネしたくなるくらいに面白いし、クライスラー3000を操る嵐山みちるさんはとにかくカッコよくて憧れる。
BiSキャノンボールなんてBiSメンバー全員と恋に落ちかけそうになるくらいに蠱惑的な魅力があった、BiSについて全然知らなかったけれどこの作品がキッカケで曲を聴くようになった。
とにかくコショージメグミの可愛いさに打ちのめされた。あと観てると「いろはす」が飲みたくなる。

振り返っていたら、堰を切ったように「キャノンボール」シリーズへの思いの丈が流れてきた。
だから「芸人キャノンボールがこの夏復活!!」という言葉に心が踊った。
しかも夏というのがいい。
真夏に芸人が「笑い」を求めてレースをする、最高の企画だと思う。
とにかくワクワクした。

「TV版芸人キャノンボール2016 in summer」という文字が画面片隅に見える。
何気ない街の映像が流れ始める。
ローカル番組にゲリラ出演する芸人たちを映す様々なテレビ、それを見つめる人、通り過ぎる人。
そのバラエティ番組とは思えない雰囲気に戦慄した、とにかくカッコ良かった。
「今から始まる番組は普通のバラエティ番組じゃないんだ」と思った。
番組の演出・プロデューサーである藤井健太郎のツイートの言葉を借りるならば「芸人キャノンボールはドキュメントでドラマでバラエティ」という事だ、劇団ひとりポケモンGOしようぜと言い始めたりとにかく自由奔放。そして今回も出川哲朗の胸元目掛けて有吉弘行の蹴りが炸裂、それが合図かのように芸人キャノンボールが始動する。
車へ乗り込む芸人たち。
胸が高鳴る。

芸人キャノンボールがある夏が始まる。

バカリズムの策略家っぷり、「これがキャノンボールだから」と呟くクールすぎるおぎやはぎ小木、田村淳の頭の回転の速さと人を楽しい事へ巻き込む類稀なる才能、ニヒルに笑いながら切れ味鋭い言葉を放つ有吉弘行、水着ギャルにガラケーを笑われながらもチームの仲間に嬉しい報告を知らせるケンドーコバヤシアンガールズ田中が巻き起こすサスペンス映画さながらの事件、バイきんぐ西村が歌う尾崎豊などとにかく見所だらけの豪華絢爛な番組だった。
観ている間ずっと面白くて、久しぶりにテレビ番組をワクワクしながら観た。

番組の終盤「もうすぐこのレースも終わるんだ」と思うと正直切なくなってしまった。
夜の道路、芸人たちを乗せた車が駆け抜けていく。
夜の道路を走る車の車内、なんだろう、あの切ない雰囲気は。

昔、高校を卒業して働き始めたばかりの頃、友達何人か、男だけで夜中にカラオケをして「なか卯」でうどんを食べて、くだらない話をしながらあてもなくドライブをしたあの日の事を思い出す。
「誰か女子に電話してみよう」と言ってドキドキしながら電話したり、そんなノリが新鮮だった。
友達が運転する車の助手席から見える、夜の街並みがいつもよりも澄んだような
感じがした。
「こんな楽しい夜なら終わってほしくないな」という切ない気持ちを滲ませながら車窓を眺めていると、時は無情にも夜を朝へと変化させていく。
あの日カラオケで俺は、くるりの「ワンダーフォーゲル」を歌った記憶がある。

「ハローもグッバイもサンキューも言えなくなって こんなにもすれ違ってそれぞれ歩いてゆく」

岸田繁の爽やかな歌声、夏になると聴きたくなる一曲だ。

切なさ、面白さ、様々な感情が駆け巡る「芸人キャノンボール2016 in summer」はドキュメントとバラエティーの壁を軽々と飛び越えた。
この夏に退屈している視聴者にぶつけられた「芸人キャノンボール」というたくさんのボールは、きっと「面白い」や「笑い」に飢えたモンスターたちを大量にゲットしただろう。

真剣にふざける、真剣に面白いことに取り組む、そんなお笑い芸人たちのカッコ良さがこの番組には詰まっている。

バカリズム千原ジュニアロンドンブーツ1号2号有吉弘行たちと一緒の夏を仮想体験したかのような感覚すらある、そんな最高のテレビ番組だった。









藤井健太郎さんの著書『悪意とこだわりの演出術』を読んだ。

中学生の頃、期末テストが憂鬱だった。
期末テストはもちろん嫌なのだけれど、他に何が嫌かって、期末テストが近くなると、放課後残ってテスト勉強していかなければならないのだ、あれが嫌だった。
もちろん居残り勉強は強制ではないのだけれど、クラスの大半が残って勉強しているのにそそくさと帰るのは気まずい。だからと言って勉強するのも気がのらない。
帰りの会」が終わっても1時間くらいは残って勉強していかなければならないという暗黙の了解が、けだるい空気が漂う放課後の教室の中にゆっくりと沈殿していった。

しばらく時間が経つと、勉強に飽きてくる友達がちらほらと出現し始める。
そしてお互いに問題集を見ながら問題の出し合いが始まる。
最初は普通に問題に答えていたが、徐々にふざけた答えを言うようになり、後半は完全に「笑わせたやつが勝ち」という空気になる。
参加者も3人くらいから5人くらいに増え、賑やかになっていく。

思い切って俺もその「テスト勉強大喜利」に加わった。
俺の一言でみんなが笑う、もちろん笑わないこともある、その一喜一憂が楽しかった。
唯一覚えている自分の解答は、多分社会の問題だったと思う「民家すれすれを飛ぶ◯◯」の空欄を埋める問題。
問題文の隣には戦闘機の写真が載っていて「民家すれすれを飛ぶ梨花」と答えた。
世代的にロンハーなどで梨花がブレイクしていた頃だったから出てきた答えなんだろう、問題の内容が内容だけにちょっと不謹慎かもしれないが中学生だったしまぁそこは許してほしい、悪意はない。
ちなみにこの答えは、周りの友達に「言うと思った」と言われた記憶がある。
「つまんない」よりも「言うと思った」の方が受けるダメージはちょっと大きいと思う。

めちゃイケ笑いの金メダルエンタの神様、ロンハー、内P、深夜のはねトび堂本剛の正直しんどいetc、中学という多感な時期にブラウン管の向こう側、面白いテレビ番組が冴えない青春時代を笑いで彩ってくれた。

時は流れて、高校生になり、そして今現在は社会人として働いている。

テレビ番組の移り変わりはあれど、「昔に比べて何曜日が楽しみ!という感覚は薄らいだな」と感じることはあれど、テレビ番組を見ていたし、ふとした瞬間に笑ったしまうのはテレビのバラエティ番組がキッカケである事が多い。

地獄の底から芸能界の頂へ、奇跡的な生還を遂げた有吉弘行をテレビで見ない日は無い。歯に衣着せぬ本音トーク、本質を見抜いたような毒舌、ニヒルな笑みを浮かべた有吉弘行は、ともすれば悪役のように映りがちだが映らない、まるで映画「ダーク・ナイト」のジョーカーのように憎めない。狂気とユーモアを、その瞳に宿らせていた。

もしも
「テレビ番組で一番面白かった有吉弘行
はどの有吉弘行ですか?」と聞かれたら、答えはもう決まっている。
クイズ☆タレント名鑑」の人気コーナー「芸能人検索ワードクイズ」での有吉弘行だ。「やっつけ仕事」「虚言症」「修羅場」といういかにもなワードが並び散々ふざけた解答や際どい解答を連発し、「本能」というワードが出た瞬間に「はい、椎名林檎さん」とサラリと正解したあの瞬間の有吉弘行だ。
あの切れ味は衝撃的だったし、その面白さには心底笑った。熱烈な椎名林檎ファンな俺としては椎名林檎をクイズの答えにしてくれたのも嬉しかった。

番組名だけ見れば一体どんな番組なのかはわからない、水曜日に放送されるダウンタウンの番組であることぐらいしかわからない。
記号的でありながらどこか不穏な雰囲気のする名前のこのテレビ番組は2014年に突如として出現した。

正直、熱心な視聴者では無く、時々番組を見る程度なのだが、忘れられない回がある。
視聴者から寄せられた様々な「説」を検証しプレゼンしていくこの番組、中でも印象的なのが「SADSの忘却の空サビを一発で聞き取れる人0人説」である。

もう最高だと思った。サビの聞き取りにくい曲としてSADSの「忘却の空」をチョイスするそのセンスに打ちのめされた。小学生の頃にドラマ「池袋ウエストゲートパーク」の再放送を見て衝撃を受け、高校生の頃は一時期この曲を着信音にし、大人になってからDVDで全話見たくらいに「池袋ウエストゲートパーク」好きな俺としてはたまらない説だった。

スタジオ内に「忘却の空」が流れ「すべて聞き取れたという方、いらっしゃったら手を挙げてください」と言った小籔千豊へ「そんなこともわかって、僕の声は聞こえてるか? って言うてんの?」とサビの最後の部分にかけて返す松本人志、「空の下」という単語をホワイトボードへ書く時に「いやこれ清春さんやったら宇宙って書く」と言って「空」の字の上に「宇宙」と書くたむらけんじ、「サラダを買うなら」と聞き取った浜田雅功、もう何もかもが面白くて、テレビの前でゲラゲラ笑った。

「逆ドッキリ逆逆逆くらいまでいくと疑心暗鬼になる説」「ホラー映画 製作者の都合でガチガチ説」「箱の中身は何だろうな? クイズ王ならマジで当てられる説」など他にも印象的な説はあったが、個人的にはやはり「忘却の空」の説が一番印象的だし、面白い。
SADSの「忘却の空」を面白がる、その着眼点が新鮮だった。

「クイズ☆スタータレント名鑑」「水曜日のダウンタウン」この二つの番組を手がけた人物こそが「藤井健太郎」である。
こんなにも面白く刺激的な笑いを作るこの人って、一体どんな人物なんだろうと
藤井健太郎の頭の中と人生が気になっていたタイミングで『悪意とこだわりの演出術』という藤井健太郎の著書が発売された。ナイスタイミングである。本屋の店頭、クリープハイプ尾崎世界観の小説の隣に並んでいた。尾崎の世界観よりも藤井の世界観の方が気になった俺は、急いで『悪意とこだわりの演出術』を購入した。

あまりの面白さに一気に読破してしまった。藤井健太郎の「面白い」の価値観な組み立て方、サンプリングの手法をテレビ番組へ用いるその巧みさ、全てが衝撃的だった。
「第3章 テレビマンの青春」も自伝的で藤井健太郎のパーソナルな部分が垣間見れたような気がして読んでいて楽しかった。

「クイズ☆アナタの記憶」でのオードリー春日へのクイズ、青春時代をあんなにも面白くクイズに出来るのかとその発想力に驚愕した。そしてめちゃめちゃ笑ったことを思いだした。「としあきパイとしあき」というロンブー淳さんの声が脳内でリフレインしている感覚。

水曜日のTVヒーローが仕掛ける新感覚の「笑い」にこれからも期待したい。

SADSの「忘却の空」のサビ、俺は「でたらめのチャイム鳴るかわしてる」だとずっと思っていたけど実際は違った。







狂犬は吠えるがめちゃイケは進む

「当たり前じゃねぇからなこの状況!」


仕事から帰ってきたばかりの疲れた身体に、リビングのテレビの画面から聞こえてきた加藤浩次の叫びが反響するようだった。
「あ、そうか今日のめちゃイケは」と思い途中から見始める。
「10年前に芸能界から消えた加藤浩次の元相方は今」「極楽とんぼ10年ぶりの共演」そんなテロップが画面上に並んでいる。めちゃイケ極楽とんぼの山本が復活する事は知っていたが、知っていたけれどもやはり目の当たりにすると、信じられなかった。

「これ逃したらもうなんにもねぇんだよ俺ら!」

加藤浩次が叫び、ダン!とボクシングのリングを見立てたセットの床を踏む。
リングの中には極楽とんぼの二人が対峙している。加藤と山本。10年ぶりにめちゃイケ極楽とんぼが舞い戻ってきた。

山本が何故テレビに出る事が出来なかったか、何をしたのか、不祥事についてはこのネット社会調べるのには容易いだろう。当時ニュースで報道された時はショックを隠せなかった。
子どもの頃は極楽とんぼがMCをしていた「天才てれびくんワイド」を毎週楽しみに観ていたし、何よりもやはり「めちゃイケ」である。

おそらく中学生の頃だろう。初めて「めちゃイケ」を観てそのあまりの面白さに打ちのめされ、毎週毎週土曜日が楽しみになっていった。
PTAが物議を醸したコーナー「しりとり侍」内での「プリソ」の一言だけで心底笑った、「ハイドロプレーニング現象」という言葉はきっと「数取団」を観ていなければ一生知ることはなかっただろう。「山奥」「スモウライダー」あの頃のめちゃイケには、俺がテレビの前でゲラゲラ笑っていためちゃイケには、まだ山本がいた、極楽とんぼがいた。

山本の不祥事、翌朝のニュース番組での加藤浩次の号泣。狂犬と呼ばれた芸人、加藤浩次の涙。
今まで観ためちゃイケの中で一番笑ったのはやっぱり加藤浩次。「フジテレビ警察24時」のコーナーで、突如テレビ局内に出現したダースベーダーダースベーダーが持つライトセーバーを奪い、そのライトセーバーを膝折りした加藤浩次だった。心底笑った。
あの頃、ニュースで報道される度に「めちゃイケ」が好きで「めちゃイケ」で育った俺は複雑な気持ちになった。

10年ぶりの共演のスタジオには、山本を慕う山本軍団も集まっていた。その芸人たちの中にロンドンブーツ1号2号の田村淳がいた。歯に衣着せぬ痛快な本音トークがトレードマークの田村淳が泣いていた。

山本を好きだと慕うことはこの仕事をする上でリスクしかないと話す加藤浩次、彼が山本に向かって放った「淳なんかそれで何人敵作ったんだよ!」この言葉で加藤浩次の本気を確信した。
テレビだから、めちゃイケだから、関係無い。加藤浩次は容赦しない。本気で山本と対峙している。

その後、極楽とんぼは謝罪し、徐々にいつもの「めちゃイケ」の雰囲気に戻りつつあった、そのタイミングで極楽とんぼの真骨頂「ケンカコント」が始まる。セットにぶつかり倒れる山本。10年ぶりのケンカコント、そこにエレファントカシマシの宮本の歌声がかぶさる。「さぁ頑張ろうぜ」と。

「お前のことな、いくら蹴っても苦情なんてこないんだよ!」

加藤浩次が渾身の一言を叫ぶ。

極楽とんぼとは唯一無二の二人組だったのだ。
彼らのケンカはどこかチープで漫画的だ、だからこそ笑えてしまうのだ。

「お前の輝きはいつだって俺の宝物」とエレファントカシマシ宮本が歌う。

山本の面白さが輝くからこそ狂犬加藤浩次の咆哮が際立つ。

二人の芸人の吠え魂が日本中に響き渡った夜だった。

山本が起こした不祥事を擁護・肯定するつもりは微塵も無い。

ただ俺は言いたいだけ「極楽とんぼは面白い」と言いたいだけだ。





森達也 FAKE を見た

白状しよう、高校生の頃、一度だけゴーストライターをした事がある。

夏休みが終わって2学期が始まる初日に、読書感想文をまだ書いていないという友達から「お前感想文とか得意だろ?ちょっと書いてくれ」と頼まれたので、よく読んでいたがまだ感想文は書いていなかった本を題材にしルーズリーフに感想を書いて渡したのだ。

あの騒動に比べれば、同じゴーストライターといえど天と地の差だ。

あの騒動。時は流れ2014年、この年ほど「ゴーストライター」という単語がテレビやネットで繰り返し言われた年があっただろうか。
と同時に「佐村河内守」「新垣隆」という人物名も飛び交う事になる。
ちなみにその年に開催された漫才の賞レース番組内に出場したあるお笑い芸人が披露した早押しクイズの漫才中にも「佐村河内」という単語が使われるぐらいだったから、世間への名前及び騒動の浸透率は計り知れない。

聴覚障害をもちながらも様々な優れた音楽作品を世間に発表してきた天才音楽家佐村河内守、しかし音楽家の新垣隆が沈黙を破り、佐村河内ではなく自分が作曲していたことや実は耳は聞こえていたことなどを週刊誌に告白した、一連の騒動の内容は概ねこんな内容である。
真実なのか嘘なのか、連日報道し白熱していたこの騒動も、日を重ねるにつれて徐々に落ち着き、2016年現在では「そんな事件もあったねー」と懐かしむような感想がほとんどなのではないだろうか。

そんな2016年、人々の記憶の中から事件が抹消されるかされないかの際どいタイミングで、佐村河内守のドキュメンタリー映画が公開される。

タイトルは「FAKE」監督は森達也

直球すぎるタイトルにやや面食らいながらもやはり気になった。
達也という人物は名前は知っていたが作品は見たことが無かった。
だけれどいつしか作品を見てみたいと思っていた監督だったのだ良いタイミングだった。

俺が人生で初めて見た森達也の映画作品は「FAKE」だ。

ほとんどのシーンがマンションの一室であり、出てくる登場人物は極端にシンプル、佐村河内守、彼の妻、森達也、猫である。
壮大な大高原や大海原は出てこない、手に汗にぎるアクションシーンは出てこない、ときめくような甘酸っぱい恋愛は出てこない、今をときめく豪華キャスト陣は勢揃いしていない。
大衆向けの娯楽映画とは極北の位置にあるようなこの「FAKE」というドキュメンタリー映画、しかしながらその生々しさと唯一無二の存在感に上映中はずっと釘付けだった。「ありのままの姿見せるのよ」大ヒットディズニー映画主題歌のあのキラーフレーズが脳内でリフレインする。

レコード大賞にてゴールデンボンバーが新垣隆とコラボして「ローラの傷だらけ」を演奏している映像を見る佐村河内守、あのシーンはすごく衝撃的だったし、どこか笑ってはいけないけれど笑ってしまう瞬間だった。
正直「見るんだ!?」と思ってしまった。
ゴールデンボンバーの「ローラの傷だらけ」は好きな曲なので、俺もあの映像を見た事はあるのだけれど、派手なエレキギターを弾きながら新垣隆が登場する瞬間は何度見ても笑ってしまう。

佐村河内騒動をまとめた著書がノンフィクション大賞を受賞した神山典士、その受賞式のプレゼンターに選ばれた森達也が「今佐村河内さんのドキュメンタリーを撮っていて」と受賞式で話すシーン、新垣隆のサイン会に並び対面するシーンの森達也さんのアグレッシブさはカッコ良かった。

真実をあぶり出すというよりは、騒動後の「今の」佐村河内の姿をカメラに収めた様に思えた。怒りは少なく苦しみや悲しみの色合いが強く思えた。

「達也さんタバコ行きましょう」と行ってベランダに出てタバコを吸う佐村河内、大好きだと話す豆乳をコップになみなみと注ぐ佐村河内、かつてはニュース渦中にいた彼の人間くさい一面にハッとしてしまった。
そしてベランダから見える景色がすごく綺麗だった。

あの時、森達也のはるか下の線路を走り去る電車の中にいたであろう人々、眼下に広がる家々で暮らす人々、彼らは恐らくベランダでドキュメンタリーを撮影していることなど知らずに日常を過ごしていたのだろう。

佐村河内にも佐村河内夫妻にも日常はある。

騒動に疲れた佐村河内が、最後の最後で少しだけ光が降り注いだように思えた、エンドロール後の映像、その最後でまた森達也から意味深な言葉を投げかけられたような気持ちになった。
真実か嘘か、二択のカードを裏返しては表にし、いつのまにかカードの裏表がわからなくなる。
そんな感覚に近いかもしれない。
映画館を出てしばらくしてから「そういえばあの消火器の件はなんだったんだろう」と思ってしまう、観た人の心を揺さぶり続ける森達也の傑作だと思う。

あと、猫が可愛い。
猫がスクリーンに映る度に「猫が可愛い」と思った。
しかし冒頭のあの絶妙な猫の表情は印象深かった。もしかしてあの表情は、ほら、また映画「FAKE」について考えてしまいたくなる自分がいる。




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