めちゃめちゃイケてない、冴えない俺の気分をナインティナインは軽やかに蹴り上げる。
もう何年も前の話になるけれど、初めて付き合った彼女と別れたばかりの頃、俺は音楽を聴くことが嫌になった。
それは、音楽を聴くと付き合っていた当時のことを思い出してしまい感傷的な気分になってしまうからだ。
そんな時、よく聴いていたのがラジオだった。Podcastや過去放送を聴き漁っていた。失恋の傷を癒すかの様に「笑い」を求めてトークを聴いていた。
「いつか俺の失恋話も笑いに変えて誰かに話せるのかな」
そんな小さな思いを胸にしながら。
失恋の傷が癒されても、俺は過去放送やPodcastを聴き続けた。
くさい言葉を使えばラジオに恋をしていたのかもしれない。
そりゃ、恋人は欲しい。
女優の本田翼さんや北川景子さんみたいな恋人が理想だ。
話がそれた。
俺は、お笑い芸人のトークが大好きだ。
ラジオという「密室」で「深夜」というなんだか特別な時間帯で。
その秘密基地の様な雰囲気も含めて俺は「深夜ラジオ」が大好きだった。
しかし、リアルタイムで聴く習慣は青春時代にもその後も無かった。
何故、ラジオの魅力に気付きこんなにもハマったのだろうか。
松本人志・高須光聖の「放送室」のCDや、ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフルの過去放送など、きっかけはいくつもあるが、やはりこのきっかけは大きい。
「ナインティナインのオールナイトニッポン」いや正確に言えば『ナインティナインのオールナイトニッ本』だ。
ナインティナインのオールナイトニッポンのムック本ともいうべきこの本には、付録でCDが付いてくるのだが、このCDに収録されているナインティナインのオールナイトニッポンの過去放送を聴き、衝撃を受けた。
俺は「第3回」までしか聴いていないのだが、1番好きななはやはり「第1回」のCDだ。
1994年のナインティナイン二人による初回トークが聴けるのだ。
「オッケーイ、無理矢理テンションあげてます。どうもこんばんはナインティナインの岡村です」「矢部です」と言って始まるラジオ。バラエティ界を牽引するスター、ナインティナインの二人がまるで俺にだけ喋っている様な距離感と雰囲気がたまらなかった。
その後のトークで出てくる「でもナインティナインいうてもわからん人が多いでしょ」という当時の矢部の言葉は、めちゃイケで活躍を続けるナインティナインが提示する「笑い」に夢中だった青春時代の俺には信じられない言葉だった。
俺の知らない「若かりし頃のナインティナイン」がイヤホンの向こうにいる気がした。
何者でもない、知る人ぞ知る存在だったナインティナインがぶつけてくる言葉はリアルだった。その熱意と鋭さと面白さが、俺の心に響いた。
ナインティナインのオールナイトニッポンのヘビーリスナーでは無いが、オールナイトニッポンのナインティナインのトークによって、ラジオの魅力や面白さに気付いた俺としては、やはり今回の「ナインティナインのオールナイトニッポン終了」というニュースはショックだ。
大好きなロックバンドが解散してしまうあの感覚にも近い。
あの感覚だ。
昔、近所の本屋さんで平積みされた音楽雑誌の表紙を何気無く見た瞬間に、小さな「Syrup16g、解散」という文字を見つけて思わず「マジかよ」と呟いてしまったあの感覚だ。
ナインティナインのオールナイトニッポン終了、それは深夜ラジオという広大な銀河で、昔から輝きを放つ星が、消えてしまう様な切なさを感じた。