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FamilyMartってTommy heavenlyとちょっと文字の雰囲気が似てる気がするBlog

何気ない日常、音楽や映画や小説やテレビなどの感想。

「お笑い」という星の輝きに魅せられて。

「猿岩石」が大ブームになった頃、俺は幼稚園児だった。
幼稚園で「さ から始まる言葉の絵を描いてみましょう」と言われた時に誰かが「猿岩石!」と答えていた記憶がある。当時の俺は猿岩石の意味がわからなかった、下手したら石の種類だと思っていたかもしれない。

ダウンタウンのごっつええ感じ」が大ブームになった頃も、まだ俺は幼かった。だがテレビで「エキセントリック少年ボウイ」の映像を見た記憶は薄っすらある。
90年代を代表するお笑いカルチャーにハマるには俺は幼すぎた、よって俺が90年代に影響を受けたカルチャーは「ポケモン」と「デジモン」である。

中学生の頃、それはやってきた。
「お笑いブーム」だ。お笑い史において何度目かのお笑いブームが中学生の頃に直撃した。思春期の多感な時期にお笑いブームが直撃したのだ、そりゃ「お笑い」に夢中になるのも仕方ない。
「ゲッツ!」「なんでだろうなんでだろう」「残念〜」「あま〜い」「悲しいときー」「ちょっとどこみてんのよ!」「どうでもいいですよ」「間違いない」「自由だぁ〜」etcテレビの画面からは様々なギャグが日夜聞こえてきた。
その中でも一番のボリュームと熱量にあふれていたのがオリエンタルラジオの「武勇伝」だった。
デビューして瞬く間にスター街道を疾走するオリエンタルラジオの奇跡を俺はリアルタイムで目撃していた。
ナインティナインの番組に出演した時に「デビュー1年目でナイナイさんと共演!」と武勇伝のリズムに乗せて叫んだ時のあの中田敦彦の鋭い目、忘れられるもんか。とにかくオリエンタルラジオは圧倒的な輝きを放っていた。

男子ならば、プロ野球選手やF1レーサーやサッカー選手になりたいと思うことはあるだろう。
スポーツが苦手な俺は昔からその感覚がわからなかった、微塵も憧れを抱かなかった。中学生になり「誰かに憧れる」という感覚をこれでもかと味わった。それは「お笑い芸人」だったのだ。

お笑いブームの渦中、「エンタの神様」や「笑いの金メダル」などのネタ番組が続々現れた。深夜に放送された「爆笑オンエアバトル」や「お笑い芸人登竜門」を時折ビデオに録画して見ていた、あれはまさに俺が「お笑い」にハマり初める前夜、夜明け前だったのかもしれない。お気に入りだったネタといえば、特番で見たドランクドラゴンの「修行」のネタには衝撃を受けた。「ちょっと〜ちょっと〜」「次の方!」といったフレーズを誰もわからないのにマネしていた。

お笑いにハマるきっかけの「ビデオ」は、TSUTAYAで何気無く借りてきた「さまぁ〜ず」のビデオだった。さまぁ〜ずの単独ライブのビデオがとにかく面白くて何度も見ていた。

そして「M-1グランプリ」にも衝撃を受ける。特にPOISON GIRL BAND南海キャンディーズ東京ダイナマイトが初の決勝進出を果たした回のM-1は新しい風が吹き荒れていたような斬新さに満ち溢れていた。POISON GIRL BANDの飄々とした佇まいがカッコよかった。センターマイクの前に立つ漫才師のシルエットが、とにかくカッコよかったのだ。

笑いに笑い、憧れに憧れた。

めちゃイケを見始めたのも中学生の頃だった。「数取り団」がめちゃめちゃ面白かった。「フジテレビ警察24時」で加藤浩次がテレビ局内の廊下に突如現れたダースベイダーのライトセーバーを奪って膝で折ったのにはめちゃめちゃ笑った。「笑わず嫌い」で見たくりぃむしちゅーの漫才がとにかく面白かった。

高校生になっても、お笑いが好きだった。ラーメンズのビデオ「ATOM」を見て衝撃を受け、小林賢太郎に憧れたのも多分この時期だ。
爆笑レッドカーペット、イロモネアなどショートネタブームが起爆剤となりお笑いブームはまだまだ続いていた。
「すべらない話」での話術と著書『14歳』に衝撃を受け、千原ジュニアに憧れていた。
千原ジュニア爆笑問題小林賢太郎が俺にとってのヒーローだった。

そして、水道橋博士

これも中学生の頃だったと思うのだが「笑点」で「浅草キッド」の漫才を見た記憶がある。決定的だったのは「僕らの音楽」という番組だ。サンボマスターの対談相手として登場したのが水道橋博士だったのだ。博士のトークが面白くてファンになったのだ。

時は流れ、平成24年。
一冊の本の存在を知る。
水道橋博士『藝人春秋』だ。何気無く『ザ・テレビジョン』内にある本のコーナーを読んでいたら『藝人春秋』が載っていた。「水道橋博士が本を出してる!!」と知りすぐに本屋に向かって購入した、家に帰り本をめくる。甲本ヒロト古舘伊知郎稲川淳二北野武松本人志爆笑問題テリー伊藤などなど目次を読むだけでビックリするような豪華絢爛なラインナップ。ポール牧などこの本がキッカケで初めて知った人物もいたので新鮮な驚きもあった。

買ったその日に一気に読むのが勿体無くて、確かその日は「甲本ヒロト」の章だけ読んだ記憶がある。

その後、数々のエピソードと水道橋博士の紡ぐ巧みな言葉たちに魅せられ読破し、何度も何度も読み返した。

特に松本人志について書かれた章は衝撃的だった。「ダウンタウン」というもはやお笑い界の伝説であるコンビ。
松本人志のトークが好きだ。
高須光聖とのラジオ「放送室」でのトークが特に。

テレビという電脳の箱の中で日夜繰り広げられている想像もつかないような出来事の数々、そしてそのテレビ界、芸能界で生きる覇者や達人たちの生き様や仕草を鋭くもみずみずしい筆致で綴ったこの『藝人春秋』は、自分の中で多大な影響を受けている一冊であることには間違いない。水道橋博士に憧れ、水道橋博士が紡ぐ文章に魅せられた。
昔から文章を読むことも書くことも大好きで今もこうやってブログを綴っている俺にとって、水道橋博士は憧れなのだ。スーパースターなのだ。
俺は水道橋博士がこのブログを読んでくれることを夢見ているのだ。

才能という星が数多の如くきらめく銀河系のような芸能界を見つめる天体望遠鏡か、あるいは様々なジャンルの偉人たちの才能を細やかに分析する顕微鏡か、水道橋博士「瞳」が物語る。
芸能界とはかけ離れた現実世界にいる一般人な俺は、芸能界という巨大な星空に浮かぶ星座のようなエピソードが眩しくて仕方ないのだ。

『藝人春秋』の文庫版を購入した。
文庫版の解説を、オードリーの若林正恭が書いたと知りずっと気になっていた。読み終えた瞬間に「あ、これは何度も何度も読み返すだろうな」と強く思った、熱い文章がそこにはあった。

青春時代、俺も納得いかないことが多くあった、そんな時に新しい価値観や軽妙なカッコよさでその鬱憤を「笑い」で吹き飛ばしてくれたのは、千原ジュニアの切れ味鋭いセンスと話術だったり、ザ・ギースの巧みなコントだったり、HEY!HEY!HEY!での松本人志の何気無い一言だったり、「堂本剛の正直しんどい」での中川家のモノマネだったり、間違いなくテレビの画面の中のお笑い芸人だった。