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FamilyMartってTommy heavenlyとちょっと文字の雰囲気が似てる気がするBlog

何気ない日常、音楽や映画や小説やテレビなどの感想。

『1989年のテレビっ子』を読んで。僕達をくぎ付けにして 一人夢中にさせようとした すべての大人とテレビに感謝します

正直に言う、本で泣いたのはこれで二度目だ。

ちなみに高校生の頃に当時話題沸騰だったケータイ小説『恋空』を読んだけれど一雫も涙はこぼれなかった。

あれは多分中学生の頃だったと思う。
ある日『ギンナン・ショック』というロックバンド銀杏BOYZに関する本を見つけた時だった。
銀杏BOYZが大好きだった俺は驚き、パラパラと立ち読みしてすぐに数々の著名人やミュージシャンが銀杏BOYZについての愛と魅力について語るページが目に止まった。
その中でも糸井重里さんの言葉が特に心にガツンと響いた。

嬉しかったのだ、とにかく。

銀杏BOYZの事を大人たちが認めてくれたみたいで。

「あぁ、俺は銀杏BOYZを聴いてもいいんだな」と心底思った。

嬉しさのあまり、本屋から帰る車中の後部座席で俺は泣いてしまった。
TVゲーム「MOTHER」糸井重里さんのキャッチコピー「エンディングまで、泣くんじゃない」しかし俺はこらえきれずに泣いてしまったのだ。

『1989年のテレビっ子』を買った帰り道、ふとそんな思い出が脳裏に浮かんだ。三月の日曜日。穏やかな昼下がりだった。イヤホンの中ではアジカンの「猿の惑星」が流れていた。

本屋で、大好きな作家さんの一人である「てれびのスキマ」さんこと戸部田誠さんの新刊『1989年のテレビっ子』の手に取って眺めた、本の帯の後ろに綴られた言葉の数々に圧倒された。
その中の最初にある言葉「とんねるずが来たらネットが荒れるから!」「荒れろ!荒れろ!」この言葉が脳内で松本人志太田光の声で再生される。
俺もリアルタイムで見ていたんだもの、「笑っていいとも!」の伝説を。
帯の表にある、誰にとってもテレビが青春だった「1989年」を巡る、僕や君や彼らのための群像劇。という言葉も良かった。グッと涙腺を押され涙が頬を伝った。

そして俺は本を購入し家路を急いだ。

1989年、俺はまだ生まれていない。
俺が生まれる前の、お笑い史を知りたかった。
ページをめくればめくるほどに飛び込んでくるような、ダウンタウン明石家さんまビートたけしタモリとんねるず萩本欽一紳竜etc数々のエピソードの乱れ撃ちに酔いしれた、伝説級の存在感、カッコ良すぎると思った。
芸人たちだけでなくテレビマンたちの激闘っぷりにハラハラした。
読んでいると、萩本欽一さんってこんなすごい人だったのか俺が幼い頃にばあちゃんと一緒に見ていた「欽ちゃんとみんなでしゃべって笑って」というテレビ番組を思い出すなぁなんてそんな風に思い出のスイッチを押される感覚があり、懐かしさが込み上げてくる。

とにかく、夢中になって読んだ。

特に最終章の「テレビの嘘と希望」が心にガツンと響いた。

俺も子どもの頃からテレビが好きだった。
振り返ってみれば「金曜かきこみTV」でミュージシャンのROLLYさんが夕陽が差し込み吹奏楽部の音が聴こえてくる誰もいない放課後の廊下を一人で歩くとSF映画みたいだ、というように言っていたのはすごくステキだった。
めちゃイケフジテレビ警察24時でテレビ局内に出現したダースベーダーからライトセーバーを奪いそれを膝折りした加藤浩次にはめちゃめちゃ笑った。
笑っていいとも!」のグランドフィナーレのお笑いレジェンドたちが集結した場面に熱狂した、何気無く見た「ダウンタウンDX」で期末テストが難しかったという話を始めた若手タレントに「ひっかけが2つあったもんねー」とさらりとボケをかます松本人志のシャープさはカッコ良かった。
ダウンタウン二人のトークのトーンと佇まいのカッコ良さが好きだった。
仕事の休憩時間中に見た「イッテQ」の内村光良さんに爆笑して疲れが吹き飛んだりもした、ヘルメットおじさんブラックに救われた。


読み終えた瞬間に、ふと、やっぱりテレビが好きなんだなぁとあらためて思った。

テレビとお笑い芸人はいつだって、ありきたりな日常を生きる僕達に刺激と笑いと優しさをくれる、見えない手を差し伸べてくれると思う。

多分この先『1989年のテレビっ子』を何度でも読み返すだろう。

この一冊に刻まれた熱量は計り知れないと思う。