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何気ない日常、音楽や映画や小説やテレビなどの感想。

森達也 FAKE を見た

白状しよう、高校生の頃、一度だけゴーストライターをした事がある。

夏休みが終わって2学期が始まる初日に、読書感想文をまだ書いていないという友達から「お前感想文とか得意だろ?ちょっと書いてくれ」と頼まれたので、よく読んでいたがまだ感想文は書いていなかった本を題材にしルーズリーフに感想を書いて渡したのだ。

あの騒動に比べれば、同じゴーストライターといえど天と地の差だ。

あの騒動。時は流れ2014年、この年ほど「ゴーストライター」という単語がテレビやネットで繰り返し言われた年があっただろうか。
と同時に「佐村河内守」「新垣隆」という人物名も飛び交う事になる。
ちなみにその年に開催された漫才の賞レース番組内に出場したあるお笑い芸人が披露した早押しクイズの漫才中にも「佐村河内」という単語が使われるぐらいだったから、世間への名前及び騒動の浸透率は計り知れない。

聴覚障害をもちながらも様々な優れた音楽作品を世間に発表してきた天才音楽家佐村河内守、しかし音楽家の新垣隆が沈黙を破り、佐村河内ではなく自分が作曲していたことや実は耳は聞こえていたことなどを週刊誌に告白した、一連の騒動の内容は概ねこんな内容である。
真実なのか嘘なのか、連日報道し白熱していたこの騒動も、日を重ねるにつれて徐々に落ち着き、2016年現在では「そんな事件もあったねー」と懐かしむような感想がほとんどなのではないだろうか。

そんな2016年、人々の記憶の中から事件が抹消されるかされないかの際どいタイミングで、佐村河内守のドキュメンタリー映画が公開される。

タイトルは「FAKE」監督は森達也

直球すぎるタイトルにやや面食らいながらもやはり気になった。
達也という人物は名前は知っていたが作品は見たことが無かった。
だけれどいつしか作品を見てみたいと思っていた監督だったのだ良いタイミングだった。

俺が人生で初めて見た森達也の映画作品は「FAKE」だ。

ほとんどのシーンがマンションの一室であり、出てくる登場人物は極端にシンプル、佐村河内守、彼の妻、森達也、猫である。
壮大な大高原や大海原は出てこない、手に汗にぎるアクションシーンは出てこない、ときめくような甘酸っぱい恋愛は出てこない、今をときめく豪華キャスト陣は勢揃いしていない。
大衆向けの娯楽映画とは極北の位置にあるようなこの「FAKE」というドキュメンタリー映画、しかしながらその生々しさと唯一無二の存在感に上映中はずっと釘付けだった。「ありのままの姿見せるのよ」大ヒットディズニー映画主題歌のあのキラーフレーズが脳内でリフレインする。

レコード大賞にてゴールデンボンバーが新垣隆とコラボして「ローラの傷だらけ」を演奏している映像を見る佐村河内守、あのシーンはすごく衝撃的だったし、どこか笑ってはいけないけれど笑ってしまう瞬間だった。
正直「見るんだ!?」と思ってしまった。
ゴールデンボンバーの「ローラの傷だらけ」は好きな曲なので、俺もあの映像を見た事はあるのだけれど、派手なエレキギターを弾きながら新垣隆が登場する瞬間は何度見ても笑ってしまう。

佐村河内騒動をまとめた著書がノンフィクション大賞を受賞した神山典士、その受賞式のプレゼンターに選ばれた森達也が「今佐村河内さんのドキュメンタリーを撮っていて」と受賞式で話すシーン、新垣隆のサイン会に並び対面するシーンの森達也さんのアグレッシブさはカッコ良かった。

真実をあぶり出すというよりは、騒動後の「今の」佐村河内の姿をカメラに収めた様に思えた。怒りは少なく苦しみや悲しみの色合いが強く思えた。

「達也さんタバコ行きましょう」と行ってベランダに出てタバコを吸う佐村河内、大好きだと話す豆乳をコップになみなみと注ぐ佐村河内、かつてはニュース渦中にいた彼の人間くさい一面にハッとしてしまった。
そしてベランダから見える景色がすごく綺麗だった。

あの時、森達也のはるか下の線路を走り去る電車の中にいたであろう人々、眼下に広がる家々で暮らす人々、彼らは恐らくベランダでドキュメンタリーを撮影していることなど知らずに日常を過ごしていたのだろう。

佐村河内にも佐村河内夫妻にも日常はある。

騒動に疲れた佐村河内が、最後の最後で少しだけ光が降り注いだように思えた、エンドロール後の映像、その最後でまた森達也から意味深な言葉を投げかけられたような気持ちになった。
真実か嘘か、二択のカードを裏返しては表にし、いつのまにかカードの裏表がわからなくなる。
そんな感覚に近いかもしれない。
映画館を出てしばらくしてから「そういえばあの消火器の件はなんだったんだろう」と思ってしまう、観た人の心を揺さぶり続ける森達也の傑作だと思う。

あと、猫が可愛い。
猫がスクリーンに映る度に「猫が可愛い」と思った。
しかし冒頭のあの絶妙な猫の表情は印象深かった。もしかしてあの表情は、ほら、また映画「FAKE」について考えてしまいたくなる自分がいる。