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FamilyMartってTommy heavenlyとちょっと文字の雰囲気が似てる気がするBlog

何気ない日常、音楽や映画や小説やテレビなどの感想。

アドベンチャー、記憶の海へ潜るための潜水艦のスイッチを押す週末の夜。

ラーメン屋へ行き、夕食にラーメンを食べた。

「からいラーメンが食べたいなぁ」とふと思ったからである。

美味しいラーメンを食べ、本屋に寄って帰宅した。

夜の本屋の雰囲気は映画のワンシーンの様で好きだ。

 

ラーメンといえば、子供の頃は、自分がまだ小さいからか普通のラーメンでも結構な大きさに見えた。あのころは「こんな量を一人で食べられるなんて大人はすげぇぜ」と思っていた。

子供の頃は「大人の持つ物」への憧れもあった気がする。

それは手帳だったり、地図だったり、ルーペだったり。双眼鏡、サングラス、図鑑などなど。

小学生の頃に、近所のお祭りに行く前に友達みんなで百円ショップに寄ってサングラスを買ったのを覚えている。

サングラスをかけて歩く、映画マトリックスシリーズじゃないんだから。

なんだか照れくさくて外しちゃったけれどね。サングラスを着けただけで「大人になれる」と思っていたんだ。

 

例えば「古くなって使わなくなった車のハンドル」なんて最高級のアイテムじゃないかと。昔、親戚の家で遊んでいたら、多分交換していらなくなった古いハンドルがあって。テンションあがったなぁ。「車に乗ったフリごっこ」でただ手を前に突き出して「ブーン」と妄想の車を運転するのと、ハンドルを持って「ブーン」と妄想の車を運転するのでは、やっぱりどこかワクワクが違う。ハンドルを握って言う「ブーン」はすごくカッコいい「ブーン」なんだ。見えない透明な車は、妄想都市を駆け抜けていく。

アンドロモンに見つかったら、最後だぜ。

 

想像力という名のエンジン。

 

ルーペや双眼鏡っていうのはやっぱり「冒険」的なものに憧れていたんだろうな。冒険のアイテムへの憧れ。見た目は普通のペンなんだけど変形してスパイグッズになったりするおもちゃがあった気がする。あとおもちゃの時計でボタンを押すと文字盤の部分が開いて中にお菓子が入っているやつ。横に小さな水鉄砲も着いていて、あれは最高のアイテムだったと思う。子供の頃にキャンプに行った時、その時計を着けていた記憶がある。

飲食店などで、小さい子供が大事そうにおもちゃを持っている姿を見かけると、ふと「あぁ、俺も小さい頃に大切なミニカーとかを持って出かけたなぁ」と懐かしくなる。「ミニカー、一生手放さないぞ」と思っていたのに、いつまにか無いもんなぁ。失くしたわけじゃくて、大人への階段を登っていくうちに、いつのまにか消えたような感覚だ。俺が大事にしていたあのメタリックの青くてカッコいいミニカーはどこかへ走り去ってしまったんだろうか。

 

学校帰りに薄暗い道があると「ここからは魔界だ」「やばいぜ」と勝手に友達と言ったり。魔界なわけがないけれど。帰り道だって一種の小さな冒険だよね。

 

友達と遊んで帰る時。

 

暗くなりつつある町並み。

 

友達と遊んだ楽しさと「暗くてちょっと怖いな」というドキドキがミックスされた気持ち。

 

そんな気持ちで自転車をこいで帰るあの日も、小さな冒険だったんだ。

 

大人になった俺は、もう本物の車を運転して生活をしている。

 

もしかしたら、いつの日にかメタリックの青くてカッコいいミニカーとすれ違うかもしれない。おもちゃの車の運転手は無邪気な顔で「ブーン」と言いながら、ハンドルを握り、サングラスをかけて手にはおもちゃの時計をしているかもしれない。

 

そんな妄想をしてみた。

 

いくら懐かしくても、少年時代へはUターン出来ないんだ。